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2008.12.09 Tuesday

平地地蔵

 京丹後市大宮町の上常吉(かみつねよし)に、「平地地蔵」(へいじじぞう)という、高さ5.3mもある京都府内最大のお地蔵様が立っておられます。

 今春、峰山から加悦方面へ行こうと府道76号線を通っているとき、私はこのお地蔵様を偶然見つけました。折しも満開の桜の下、巨像ながら柔和な表情を仰ぎ見て、心が大層和んだことを覚えています。
桜の下の地蔵
 お顔にアザのような黒点があるところから、「アザ取り地蔵」とも呼ばれています。

 11月下旬、地元の方々が冬に備えて、このお地蔵様に、藁で編んだ頭巾と蓑を着ける習わしがあります。これを知った私は、ぜひ見てみたいと思いました。
 現地を訪れると、暖かそうに冬支度を済ませたお地蔵様が立っておられました。なんと微笑ましい光景なのでしょう! 昔話で読んだ、雪の中の笠地蔵を思い出しました。
蓑を着けた地蔵

 平地地蔵は、傍らにある説明文には「江戸時代後期の1832(天保3)年、山賊退散のために建立された」旨が記されています。
 しかし、地元の寺に伝わる文書によると、次のようなエピソードがあるようです。
 1822(文政5)年、財政難に陥った宮津藩が人頭税を課したことに、領民が反発して「文政一揆」が起こりました。農民たちの廃止要求は通りましたが、一揆のリーダー(新兵衛ら)は藩に捕えられ、過酷な拷問にも怯まず、処刑されたのです。
 彼らの供養のため、村人たちは浄財を出し合い、近くの谷から仏相を備えた巨石を掘り起こし、近隣の村に住む石工・松助が地蔵立像を彫ったということです。

 今は平穏な当地に、このような哀しい歴史があったのですね。
 蓑を着せてもらったお地蔵様を見ておりますと、自らを犠牲にして村人を救った義民を追慕する、丹後の人々に受け継がれた温かい心根が、痛いほど伝わってくるのです。
 当ホテルから南東へ700mほど行った路傍にも、文政一揆に関して「義士義民の碑」が建てられております。

Author : 天橋立ホテル | 冬の丹後 |